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【写真で見る扇町教会の歴史−2−】

大阪の地に
生神の道開かれる

■大阪教会 白神新一郎師
(写真資料:『大阪布教百年より』)
◎ 初代白神新一郎師

 岡山で米穀商を営んでおられた、初代白神師は眼病のため失明し失意をかこっていたが、教祖にまみえ、その御取次を頂き、天地金乃神の大徳を知り、心眼が 開け、つづいて開眼のおかげを頂かれた。

 師は教祖の「東三十三カ国、道開き」の願いを頂かれ明治八年、「天下の台所」である大阪に出向き、布教を始められ、明治十二年、大阪の地に教の根を下ろされたのである。

 ここに、教祖の「東三十三カ国、道開き」の願いは第一歩を印したのである。

■難波教会 近藤藤守師
(写真資料:『大阪布教百年より』)
◎ 近藤藤守師

 師は大阪の天満屋に生まれ、幼児「この子は十七才が非命、二十五才が天命」と予言され、その予言どうり、二十五才で大病にかかった。白神新一郎師の広前へ参拝した時、「天恩、地恩」を教えて頂き、今までの生き方を神に詫び、全快のおかげを頂かれたのである。

 教祖の元へ「親様と慕って」度々参拝され、白神新一郎師の後を「東三十三カ国、道開き」の実現に心を尽くされた。

 師は扇町教会初代領七師、マス師の仲人であり、扇町教会の前身である豊崎教会の開教に際して、多大の貢献をされた。

■真砂教会 福嶋儀兵衛師
(写真資料:『大阪布教百年より』)
◎ 福嶋儀兵衛師

 師は大阪にあって金物商「金儀」店を開いていた。店に来る人に教祖のことを 教えられ、明治二年、初めて教祖の元に参拝、その時「信心して神になれい」との御理解を頂かれた。明治八年には取次の御用をなされ、多くの人々を助けられた。

 扇町教会の初代夫人のマス師は、師の長女であり、マス師の信心は強く師の信心を受けた。
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